全力で叫んでいるスキンヘッドのポスターが妙に印象的な映画『セッション』のレビューです
ミュージカルや音楽をテーマにした作品が好きなので
気にはなっていたのですが本日ようやく視聴できました
ポスターのスキンヘッドがひたすら理不尽な罵倒をするという前情報だけは知っていたので
口が悪いスキンヘッドと主人公が喧嘩しながらも信頼関係を築いていく物語かなと想像していました
ところがふたを開けてみると
世界のために生徒たちを壊しまくる魔王みたいな教授と
その魔王に育てられた主人公とのバトル物という印象で
視聴前の想像と全く違う内容でありながら満足感たっぷりの視聴体験を味わえました
ここからさきはネタバレありの感想になってしまいますので
もしまだ見ていない方はご注意ください
それではこの映画の見どころですが以下の三つです
・人類全体の利益か個人の幸せか
・化け物を倒すのは化け物
・音楽の知識が必要ない
順番に解説していきます
人類全体の利益か個人の幸せか
舞台となるのはアメリカで一番の音楽学校
主人公は偉大なジャズドラマーを目指す青年です
とはいえドラムの腕は音楽学校の中ではそこまでいいという訳でなく
むしろやや劣等生気味な描かれ方をしています
そんな主人公に転機が訪れるのは授業中
スキンヘッドの教授に声を掛けられ彼のバンドチームに参加することになりますが
バンドの雰囲気は最悪で初日から教授の罵詈雑言が飛び続けます
映画序盤はただ理不尽に生徒たちを罵倒して追い込んでいる教授ですが
終盤にようやく彼の異常なまでの罵倒に込められた目的が判明します
音楽史に残る名手を育てること
それこそが彼の目的でした
そんな偉大な音楽家を生み出すには理不尽なまでの重圧を与え
その悔しさを糧に努力する経験が必要だというのが彼の教育哲学だったのです
どんな理不尽も跳ね返す経験をなくして音楽史に残る天才は生まれず
優しい言葉をかけることで天才の芽を摘むことこそ
むしろ最大の悲劇だと教授は語ります
そこそこ才能がある程度の100人をそだてるよりも
99人を壊してでも1人の天才的な音楽家を生み出すべきだという理屈です
主人公が教授の理不尽な指導について
「次のチャーリーパーカー(天才演奏家)を挫折させたのでは?」と問いかけても
「次のチャーリーパーカーは挫折しない」と一蹴します
あくまでも教授にとっては天才を生み出すことこそ至上命題であり
それ以外の生徒がどうなろうと気にかけてすらいません
彼が唯一後悔している様子を見せたのは
次の天才を生み出せなかったことについてだけです
ある種自分すらも度外視して人類全体の利益を優先させる教授の教育方針は
個人的には賛同できないものの全否定することもできない説得力がありました
体育会系のノリが苦手な私はこういう指導をされるのは大嫌いですが
一方で理屈としては理解できます
人権問題などを無視して外れ値といえるような才能を発掘するには
通常通りの指導では足りない部分もあるのでしょう
この狂気的なまでの理想への執着とそれを成すための非人道的な手法が
冒頭でも触れたように魔王のような印象を与えてきました
化け物を倒すのは化け物
こんな音楽に取りつかれた化け物である教授のもとで
罵詈雑言を浴びせられ、理不尽にも耐えて主人公は練習を続けます
物語が進むにつれ徐々に偉大な音楽家への強い執着を見せ始める主人公ですが
ある事故をきっかけに音楽学校を退学に
腹いせにパワハラを密告したことで教授も退職に追い込まれます
この辺りで私の想像していたストーリーとは全くかけ離れてしまったので
物語がどこに行くのか全く見当がつかず
思わず視聴していた体勢を正して画面に見入っていました
音楽を一旦諦める主人公ですが偶然教授と再会し
今やっているバンドに優秀なドラムがほしいと勧誘され
再び舞台に立つことになります
ところが本番でいきなり知らない曲の演奏が始まり
スカウトマンの前で大恥をかかされてしまいます
これは密告した犯人が主人公であることに気が付いていた教授の復讐でした
一度は打ちのめされて舞台を降りようとするものの
逆に火が付いた主人公は教授の舞台を乗っ取りにかかります
作中で初めて教授が天才を生み出す為ではなく私怨による復讐を行おうとした結果
教授が求め続けた次の天才演奏家として主人公が完成するわけです
指揮を無視する主人公に当然教授は激昂しますが
それすら無視して演奏を続けることで教授をねじ伏せます
完全に一皮むけて化け物の仲間入りをした主人公に教授が笑顔を浮かべるシーンは
まるで長年求めてきた強者に出会った戦士の風格があり
教授の指揮と主人公のドラムは鍔迫り合いのような緊迫感を感じました
音楽史に残る天才を生むために多くの人を犠牲にする思想に
最後はNOを叩き付けるのかと思いきや
その思想によって遂に生み出された化け物(主人公)が
初代化け物(教授)のバンドを飲み込んでいくという展開
お互いに笑いながら演奏を終えようとするラストシーンは
教授の狂気に溢れた教育方針が正当化された瞬間であり
ともするとバッドエンドとすら思えるほどの衝撃がありました
音楽の知識が必要ない
この映画の凄いところは音楽学校が舞台で
ドラマーとして成長する主人公を描きながら
視聴者側の音楽的素養を必要としない点です
これは音楽に限らない話ですがなにか専門的なテーマを扱う場合
それが野球でも将棋でも知識がない視聴者には
作中の行動の凄さが伝わらないことがよくあります
そのため例えば漫画などではよく
読者と同じ無知なキャラクターを登場させることで
自然と解説をいれたりします
しかしこの映画では主人公と教授が中心で解説などはありません
主人公の凄さを解説する代わりに極限まで単純化させることで
視聴者にも分かりやすく成長を表現しています
主人公の努力は過酷な練習で流れる血の量で
技巧の上達はドラムロールの速さと長さという
きわめて単純かつ分かりやすい指標に置き換えることで
私のような音楽知識が全くない人間でも
主人公の成長と凄みが分かる構成になっていました
もちろん音楽の造形が深ければより楽しめるのかもしれませんが
少なくとも知識のない私の視点からでも十分見る価値のある作品でした
以上が映画『セッション』の感想です
事前に想定してた内容とあまりに違い過ぎて
最後までのめり込んで見ることが出来ました
主人公も教授も音楽に対する熱量がすごすぎて
全く共感できませんでしたがそれでも引き込んでくる力がある映画でした
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